<   2008年 11月 ( 7 )   > この月の画像一覧

 

先頭車両からの景色

朝の山陽電車。先頭車両から見る前方の風景のロマンチックさ。

日常繰り返されるのに、普段は気にもとめない、そんな景色が見方を変えると新鮮に映る。その非日常さ。そして、ホームで待つ人の日常のいとおしさ。

こういう印象を表現する映画ができないか、と考えてみたり。電車の前方から見える同じ景色をオープニングとエンディングで映して、ストーリーが展開する前と後では同じ風景がまったく違って見えるとか。
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by kobefun | 2008-11-27 14:27 | akashi  

マリオ・ブルネロ。静かで強いバッハ


「マリオ・ブルネロ(チェロ)とバロックの仲間たち」をザ・フェニックスホールで聴いた。(12/25)

音楽を聴いてここまで心動かされたのは初めてだと思う。

穏やかなのに印象が深い。

バッハの無伴奏チェロ組曲1番と3番。
1番の朗々として切ないプレリュード。迫力だけでない深み。何か胸が苦しくなった。この感覚が、日が経つにつれて薄れていくのが辛いほど。
3番。流水のようなパッセージの中に強さと柔らかさが同居している。音は大きくないのに楽器が鳴っているのが分かる。言葉にするのが惜しいくらいの感情。でも形にとどめておきたい衝動。
音というのは何なのだろう。「声を荒げない説得力」「静かに語ってこそ伝わる感情の強さ」「それを表現する技術昇華と人間性」。そういうものを感じさせる音楽に出会った気がした。

音に人間性が表れるのは本当だ。その人間性で感動させる人がいるということだ。

この曲はヨーヨー・マのCDばかりを聴いていたが、だからこそ、この日の感覚があったのかもしれない。ヨーヨー・マも生で聴いてみたい。

ヴィヴァルディのチェロソナタ4曲のうち印象に残ったのは、第6番RV.46と、?番RV.40。
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by kobefun | 2008-11-27 13:57 | osaka  

「細江英公の世界」を観た-演出と非演出の間

尼崎市総合文化センターで「細江英公の世界」を観た。(11/24に)

1933年生まれ。1952年の作品というから19歳か。「銀座の乞食の母子」の写真がいい。屈託ない笑顔に膝の上の煙草1本が効いている。生活は大変だろうに何かいいことがあったのか。そのいいことの象徴が「きれいな煙草」のような気が。これは想像。

三島由紀夫の写真などはすごいのだろうが、土方巽の方が私には響く。

「鎌鼬」(1965)
舞踏家と東北の人びとのパフォーマンスのドキュメンタリーというのが第一印象。普通の人々が「奇異なもの」を受け止め、笑い、写真の中で「演じ」てしまっている。演出と非演出のないまぜ感が不思議。細江の魅力。でも計算というより体当たりなのだろう。舞踏家と一緒に飛びはねながら撮り、人々の中に飛び込んでいったのだろう(と撮影風景の写真を見て思った)。こういう時間の使い方がうらやましい。

「土方巽舞踏図鑑」もしかり。

「抱擁」もよかった。体を抽象化する不思議。

「おかあさんのばか」
女の子の詩を採録(ご容赦を)

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この頃のおとうさん

おとうさんは
おかあさんを亡くしてから
昔のようなはりきりがない
おかあさんが生きていた頃は
ねるのがたいてい二時だったのに
この頃は私たちの方がいつもおそい
アイデアがいっぱいあるおとうさん
昔のような
元気なおとうさんになってください
私たちのことばっかり
考えないで
自分のことも考えてください
おかあさんがいないので
なにをしてもつまらないという気持は
私にはよくわかるんだけど
このごろのおとうさんたら
ぐっと年をとったみたいよ
おとうさん元気をだしてね

///

小学6年生?がこんな言葉を出せるとは。
素直なのに構成も感じる。思いが素直だと構成が自然と成り立つのか。
私がこのお父さんだったら「自分のことも考えてください」で泣くだろう。
親子3人の写真がいい。お父さんの髪の毛が風に広がっている。

ビデオ。世界貿易センタービル跡地のでの写真展示を見ての細江
「瞬間が永遠につながる。印象がとても強くなる」
ダゲレオタイプを使うのを見て、モノクロフィルムを使いたくなった。
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by kobefun | 2008-11-27 13:27 | hanshinkan  

栄町のギャラリー2軒

栄町のギャラリー2軒を急ぎ足でハシゴ。

マイケル・デウィック写真展タントテンポ
フラフープを持った女性がとてもチャーミング。ヌードのサーファーよりもむしろ。ちなみにヌードはイルカみたいに泳いでるの(ポストカード)がよかった
あと、波に向かって歩く男たち。「至福の時間」を求めているはずの後ろ姿が、なぜかうなだれているところがドキュメンタリーな感じ。「疲れてるけどやめられない」みたいな。求道者みたいな。

宇宙と金魚と天使 PECHU作品展PAXREX
金魚に刺青をしたような。痛々しい美しさ。描く側も刺青職人のようにボールペンを使ってるのかも、と想像してみたり。この作家さんが描く女性を見てみたい。
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by kobefun | 2008-11-21 16:40 | kobe  

神戸もこの金沢のように

昨夜は志賀さんのお店に行って、とても楽しく話をさせていただきました。(長居してすみませんでした!汗)

なんか心地よい二日酔いのまま、録画していたNHK新日曜美術館「アートで街が変わる」を見ました。金沢アートプラットホーム、いいなあと思い、ちょっと感動した。「神戸の街で何か企む」というような話を、志賀さんとしたばかりでグッドタイミング(死語)でした。

■商店街の頭上に川のように飾られた6000の「花」。レジ袋で花びらを作っている。アーティスト丸山純子の呼びかけで市民延べ300人が作った。子どもも大人も。おじいさんはできたばかりの自作に拍手して「うわー最高。こんなことこの歳で初めて。うち帰っても作らなあかんわ」。「みんなでやるから楽しいんだね」というおばあさん。丸山純子さんの思いは「身近なものを使っても多くの人が手を加えればアートになる」

■路地を入った空きビルの一室に、なんでもない物たちが並ぶ。タイ人アーティスト、カミン・ラーチャイプラサートの呼びかけにこたえた市民が「一番かけがえないもの」を持ち寄った。古くて大きいそろばん、親子3代が遊んだスヌーピーのぬいぐるみ、高校時代に女子からもらった丸い石。子供の頃からネジを巻き続けてきた柱時計。カタログに写真と思い出が書かれている。なんでもないものと人のストーリーが集まる、ある種の力。自分のモノの展示を見に来た人は、ほかの人の品にも思いを巡らすだろう。カミンさんは、金沢の小学校長の「だれでも必ずよい所がある」という言葉にインスパイアされた。

◇上記2作品は、街を舞台に市民がアートの主体者になって交流する。アイデアはシンプルで参加したいと思わせる内容。人が集まって何かを作り楽しむと、わくわくするような街の魅力につながる。

■カミフブキオンセン。友政麻理子。これはもう少し手が込んでいる。一室に軽い紙の紙吹雪が積もっていて、その「温泉」に身を浸す。傍らのテレビ画面では「祖母と孫」のような組み合わせで何か話している。「架空の温泉」をモチーフにして家族が物語を作り、その家族が語り合う形で物語を話す。それは自然と、自分が家族に対して日頃どう感じているかを話していたりする。鑑賞者は、柔らかい紙吹雪に包まれながらそれを聞く。

■子供たちが力を合わせて作った、巨大な紙相撲。

■兼六園などで撮影した「PIKAPIKA IN KANAZAWA」(トーチカ)。ペンライトで宙に落書きして、8秒間露光のカメラで写す。演者は市民。夜の庭園や町並みで動き回る人と光のオバケ。仕掛け人はセンスもノウハウもいるだろう。でも、これは理屈抜きでおもしろい。

■築120年の町家の再生。20年ほど無人で朽ち始めた家を蘇らせ、古たんすの引き出しの内側に「タンスの精」の絵を描いたり、地元の人がその家についての思いを語ったインタビュー映像を押し入れの覗き窓から見れるようにする。建築家ユニットアトリエ・ワンの人は「古いからと捨ててしまうと、街の文化だけでなく人の自信や誇りまで捨ててしまうことになる。それはつまらない」

◇街がアートの舞台ではなく、アートそのものになる。それを可能にするのはアーティストのセンスと楽しみながら参加する市民たち。
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by kobefun | 2008-11-11 13:05 | kobe  

強くて優しい筑紫さんの文章


ジャーナリストの筑紫哲也さんが亡くなりました。近頃は新聞は斜め読み、テレビも音を消してなんとなく見てたりすることが多いので、筑紫さんの仕事がメディアでどう語られているのか分かりません。実を言うと私が筑紫さんについて知っていることといえば、あの方の本を一冊読んだくらいです。でも、あの世代の方たちがしたことと、し残したこと(もちろんまだご活躍中の方はたくさんいますが)は、漠然とですが関心がありますし、大切にしないといけないと思います。

少し時間があったので「筑紫哲也 金曜日」でネット検索してみると、週刊金曜日のサイトに<「自己責任」という虚構>というコラムをみつけました。自身の癌と社会を関連させて書いているので、この時期注目度が上がって検索で上位に上がっているのかもと思います。インデックスページには2007/12/07の日付があります。

「自己責任」という言葉がテーマです。何かカッコがいいような言い方で、「どこかおかしい感じがするんだけど」と思いながら、それの問題点を指摘する言葉が見つからないのが「自己責任」です。それを正当化してきた資本主義の虚構と病理を、自らの病気とイメージをだぶらせて書かれています。

こういう文章を読むと「強い言葉」ということを考えます。いろいろな取材や思考を重ねた末に出てくる説得力のある言葉、というようなイメージです。「力」とはまた違う「強さ」がある、というか。「自己責任」というにわかには否定しがたい言葉に対峙するときなどには、「強い言葉」はとても武器になります。それをどれだけ多く持ち、時宜に合った使い方ができるかどうかがジャーナリストとしての真の力なのかな、と思ったりします。サブプライムローンに発する問題について語るこのコラムはそういう強さがあると思いました。(1年後の今はことさら響きます)

そしてもう一つ。このころ筑紫さんはすでに自らの癌を公表していたと思いますが、一人の人間として自分の体のことを思うと、やはり相当の無念があったのではないかと想像します。しかしこの文章の大半は、その無念を少なくとも読む人に感じさせないくらいに「素通り」して、外の世界を語るひとつの材料にしてしまっています。「諦念」と他人がいうのは簡単ですが、しかし実はそんなことではなく、筑紫さんがやはり生身の人間なんだなと感じる一文が、コラムの末尾にありました。

<人間はそう強くも賢くもないことを認めないと世界はますますひどいことになると思うよ。>

これは「自己責任」に異議を唱える最終的な言葉ですが、同時に、自分の命さえままならない癌患者の心情を言い残してもいます。

「強い言葉」と「率直な心情」を同時に表現し、弱くて優しい生き方(社会)に目を向ける、あるいは向けさせようとする文章でした。と、これを書きながら気づきました。

こうした人の仕事を受け継がないと、という焦りにも似た気持ちになります。
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by kobefun | 2008-11-10 10:11 | そのほか  

KOBE DESIGN FESTA のトークセッション

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KOBE DESIGN FESTAのアワード表彰式の後のトークセッションを聴いた。ハーバーランド・スペースシアターにて。

安積朋子(デザイナー)
西山浩平(エレファントデザイン代表)
コーディネーター
下川一哉(日経BP社「日経デザイン」編集長)

エコロジーとデザインがテーマ。冒頭の下川さんの「エコロジーでは企業ができることは限られてきたが、家庭でできることはたくさんある」ということを言っていたが、それは少し違うのではないか。それ以外はとても楽しく興味深い内容。

■安積さん
・イタリア北東部の家具産地(すたれかけている)と共同でロッキングチェアづくり。曲げ木の技術アピール。売れたら関係者が数%ずつ分け合う。人とのつながりがパワー。
・半径10キロ以内で10人のデザイナーが活動しようというエコ?の取り組み。TEN 10 X
・イギリスには客に目印代わりのナプキンリングを渡して、食事ごとにナプキンを洗わなくてもよくする「おばあちゃんの知恵」がある。スタンプ付きのオリジナルリングを作り、そのスタンプでマイナプキンも作れるようにした。
・銀のブリキのようなかわいいコンポストで菜園づくり。生ゴミ捨てなくなった。
・リサイクルプラスチックのイス。木のような。
・デヴィッド スズキ著「グッド・ニュース」

■西山さん(神戸出身)
コミュニティサイト「空想生活」。ほしいものを集めて、ほしい人がたくさん集まると企業が作ってくれるのではないかというムーブメントを起こすサイト。良品計画が「1000人が希望したら自動的に商品化を検討する」と約束。LEGOが「1000人が買いたい商品があったら作って送る」と約束。

■下川さん
気づきと実践のぜんまいがデザイン。

■会場で作品を発表していた人たち。
spiral graphic
いろんなモノのシルエットが浮き出てるやつ

デザインオフィスA4
ゴツゴツした積み木。顔のハンコも時計のメモも面白い。

ハヤシジュンジロウ
紙の裁断残りでメッセージカード。

■いろいろ面白かった。ちゃんと知らないと、身につかないが。。。。
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by kobefun | 2008-11-01 16:21 | kobe